80万年後のクリスマス(改訂版)  2 3

「おはようございます。これより気象コントロール庁から本日の気象予測とコン

トロール予定をお知らせします…」

 東京都内にあるコントロールセンターの人工太陽制御室長、渡辺正は歯切れの

良い、透き通った声でそう話す広報室長の福島梓の立体映像をじっと見ていた。

部屋の中には太陽とその輝きに隠れて見えない人工太陽からの光が差し込んでい

た。人工太陽とは今から1万年前に開発された直径1 kmの核融合反応によって

自ら輝く人工の星で、地球から約15000 km離れた所を地上から見て太陽と同じ

位置に見えるように動きが調節されていた。今日でも世界中の人々の信仰を集め

るキリストが誕生したとされる日から明日でちょうど80万年を迎えるが、10

年前から地球は氷河期に入り、人類は滅亡の危機に瀕した。しかし人工太陽の完

成のおかげで地球全体の気象をコントロール出来るようになり、平均気温は氷河

期前に戻り、人類は再び繁栄を取り戻していた。人工太陽の基本的な動きはニュ

ーヨークにある地球連邦政府気象コントロール庁のマザーコンピューターで制御

されていたが世界9つに分れた地区ごとに微調整が行われていた。渡辺は日本や

中国などをカバーする東アジア地区コントロールセンターで人工太陽の制御を担

当していた。この時代の科学を持ってしても気象の変化を完全に予測するのは難

しく、また人工太陽の出力がわずか5%違うだけで地球の平均気温が0.6度も変

わってしまう恐れがあることから、この仕事には豊富な経験と柔軟な対応能力が

必要とされるが、42才の渡辺はこれまでの所部下の29才の栗山ちひろと28

才の高橋直人らと一緒にこの仕事をほぼ完璧にこなし、センター長の内山秀雄の

厚い信頼を得ていた。

「日本付近は西からの低気圧の接近で全般に天気は下り坂、夜には東京地区でも

一時雨か雪の降る所がある見込みですが低気圧はあまり発達せず、現在の所コン

トロール予定はありません。人工太陽は正常に機能しており、予定最高気温は

10度です…」

 気象コントロールが出来るようになって間もない頃はコントロール庁に人々か

らの要望が殺到し、混乱を生じたり、希望通りの天気になっていないとの苦情が

殺到したこともあった。更には自国に都合のいいように天気を変えるよう、ある

国の為政者から圧力がかけられたことさえあった。このような苦い経験やコント

ロール自体の失敗など数々の経験を経て今では気象コントロールは人的被害が予

想される時など必要最小限にとどめることが法律で決まっていた。

「…以上です。次の気象予測の発表は午後0時です」

「福島さん、ご苦労様。じゃまた9時すぎに」

渡辺は満足そうに言った。

「ええ。いつものとおり伺いますわ」

 先程より若干トーンと速度を下げてそう言うと福島室長のホロググラフィーは

ふっと消えた。その直後、

「渡辺先生、大変です!人工太陽の出力が2%も落ちています!」

 という高橋直人のかん高い声が響くと同時に制御装置の警報ランプが点灯した。

室内に緊張が走る。

何!原因は?」

 渡辺は一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻して言った。

「え、まだそれは…」

「ホストコンピューターからの連絡ではアンノウンのファクターによるプラズマ

の温度低下によるそうです。温度低下の原因についてはマザーコンピューターと

協力して現在調査中です」

 そう言いかけた直人を制するように一年先輩のちひろが冷静に答える。

「ちひろさん!本当ですか?」

 直人も少し落ち着きをとり戻したように普通の声で言った。

「ええ。どうやら外部からの強力な信号が原因らしいわ。今この信号の遮断を試

みている所よ」

「栗山君、直ちにその信号のパターンを解析して見てくれ。恐らく未知のものだ

ろう」

「はい。先生のおっしゃる通り、これはこれまでに知られているどのものとも

違います。どうしてかしら?」

 信号の解析パターンが表示された画面を見ながらちょっと不思議そうにちひろ

が言う。

「それは…」

「既知の信号だったらセキュリティーシステムで排除されてしまっているから、ですよね、先生」

 ちょっと得意げに直人が言った。

「その通りだ。高橋君。で遮断には成功したかね?」

「それがまだのようです」

「ではその回路を遮断して、マザーコンピューターのバックアップシステムから

コントロールしてみてくれ」

「了解。先生、回復しました!

 直人が嬉しそうに言うのと同時に警報ランプも消えた。それを見てふっと息を

ついた後、渡辺は言った。

「ご苦労だった。直ちにNYのコントロールセンターに報告してくれ。向こうか

ら指示があるかもしれない」

「了解!」

「先生、あの信号も消失しました。それにしても、これはいったいどこからきた

ものかしら…」

正常に戻ったスキャン画面を見ながらちひろが不思議そうにつぶやいた。2

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