「ちひろさん、こっち、こっち」

 直人はちひろに手を振って呼び掛けた。あたりはすっかり暗くなっていたが高

速道路を走るGカー(重力を変化させて動く自動車)や家々の光などがまたたい

ていた。

「ここね」

「ああ。つい最近出来たんだ」

 直人は地上と2km上空を結ぶ軌道エレベーターを見上げて言った。軌道エレ

ベーターは直径500mの透明なチューブで出来ており、その中に重力によって

動く4台のエレベーターがあり、わずか5分で2km上空に達することが出来た。

10分後、2人はエレベーターの出口付近にある展望レストランに入っていっ

た。眼下にはエレベーターの周りを囲む灰色の雲が見え、上空には満天の星空が

広がっており、まるで雲の上に浮かんでいるようだった。

「ちひろさん、実は聞きたいことがあるんですけど…」

 ディナーのスープを口に運んでから少し遠慮がちに直人が言った。

「何?」

 赤ワインをゆっくり飲みながらちひろが言う。

「あの〜ちひろさんって、好きだったひといます?」

 そう聞いた直人の声のトーンは少し上がっていた。

「エヘン、エヘン」

 予想外の質問にさすがのちひろも動揺を隠せなかった。

「だいじょうぶですか?」

「ええ〜。でもいきなりそんなこと聞くんだもの」

 まだ少しむせながらちひろは言葉を続けた。

「でも、今日はイブだし、特別に教えてあげる。実は私にも好きだったひとはい

たわ。顔はわからないけれど…」

「ほんとですか!」

 思わず体を乗り出しながら明らかに嬉しそうに直人が言う。

「ええ。でも2人で初めて会うことになってから、ちょっとこわくなってしまっ

て、会うのを少し延ばして欲しい、って頼んだの。そしたら彼がそれを『私がも

う会いたくない』って思っていると誤解してしまって…突然別れ話をきり出され

た時はほんとうにショックだったわ。信じてたのに…」

ちひろは遠くを見るように言った。

「そうだったんですか〜」

「あれからもう6年になるけど、結局彼に会う事はなかったわ…でも、直人君、

どうしてそんなこと聞くの?」

「あ、いや、その、実は

と直人が言いかけた時、

「ちひろさん、直人さん、大変です!またあの信号が侵入してきました!」

 2人の腕についている小型通信機が作り出した立体映像の中のモモさんが言っ

た。とたんに2人の顔色が変わる。

「モモさんありがとう。すぐ行きます」

 2人は急いでそこを出るとエレベーター昇降口へ向かった。

 約10分後、センターに戻った2人にモモさんが話しかけた。

「約12分前から世界中のコントロールセンターに同じ信号が侵入したらしい

わ。ここも磁気シールドをはっていてあらゆる電磁波を遮断しているハズなの

に…」

「で、まだ対策は」

「それが…」

「今、世界中のセンターで検討中だが、まだ有効な手立てが見つからないんだ」

 2人の後ろから渡辺が頭をかきながら姿を表わした。

「先生、いつの間に」

「モモくん、人工太陽の現在の状況は?」

「出力が既に12%低下しています。このままの状況が続くと気象に深刻な影響が                                                                                                                                                                                                                                                                               

出る恐れがあります」

先生、大変です!現在こちらに向かっている低気圧が予想以上に発達し

ています。最新の予測ではこのままでは今夜遅くから明日午前中にかけて

大雪の恐れがあります。あ、ここも雪が降り始めたわ」

 観測器機からのデータを見ながらちひろが言った。室内の空気が一層張りつめ

る。

「確かにそうだな。恐らくこれまでの侵入の影響だろう。高橋君、直ちに

気圧コントロール船を出動させてくれ」

 窓の外を確認しながら渡辺が言った。

「了解。2分後に到着予定です」

 気圧コントロール船は直径1kmの円盤状の飛行体で、低気圧あるいは高気圧

の中心で人工的に下降気流や上昇気流を作り出し、低気圧などの盛衰をコントロ

ールすることが出来た。

「先生、準備オーケーです」

「直ちに始めてくれ」

「了解!先生、作業は成功しました。中心気圧は予測通りに回復しまし

た」

「雪もやんだわ」

 嬉しそうにちひろが言う。

「でもまだ、侵入を排除出来ていません。人工太陽の出力は20%低下していま

す」

 落ち着いた声でモモさんが言った。

「くっそ〜何とかならないのか!」

 そう直人が言った直後、雷鳴と共に突然真っ暗になった。直人の頭の中は一瞬

真っ白になった。

「みんな、落ち着け!すぐに自家発電装置に切り替わる」

 そう言う渡辺の声もさすがに少し上ずっていた。

「直人君、あせってもムダよ。気持ちはわかるけど…先生、あの信号の意味は

わかったのですか」

「いや、幾つかの仮説に基づいて色々調べてはいるのだが…それに信号の発信源

もまだ特定出来ていないんだ」

 数分後、ようやく周りが明るくなった。

「そうですか、でもどうして3度も同じ信号が…あ、また雪が降り始めたわ」

「人工太陽の出力が25%低下しました。それに、さっきの停電の影響か

もしれませんが、制御装置が不安定になっています」

「ありがとうモモ君」

 渡辺が言った直後、通信機が反応し、センター長のホログラムが現われた。

あ、ゼンター長、わかりました。すぐに福島室長に連絡します。あ、私だ。

福島室長、実は…」

 数分後、渡辺は固い表情で通信を切ると3人に言った。

「センター長の話では外部からの問い合わせが急増しているらしい。それで今、

福島室長に現在の状況を一般に知らせ、注意を呼びかけてもらっている」

「そうですか…低気圧もまた発達し始めている…ちひろさん、もしかしてこれっ

て、人類に対する警告なのかも」

「どういうこと?」

「人工太陽が出来てから、人類は自分達の力で気象も自由にコントロール

出来るようになった、って思い込んでいた。でもそれは違う、人間の手の

及ばない、もっと大きな力が働いている、ってことをこの信号は伝えたか

ったのかもしれないな、って今思ったんだ」

「でも、ま、まさか

 ちひろがそこまで話した時、再び真っ暗になった。しかも今度はなかなか

回復しなかった。

「先生、このままでは人工太陽は完全にコントロール不能になります。ど

うすれば…」

「モモ君、わかっている。だが〜」

 渡辺がそう言いかけた時、突然全てのPCの画面が明るくなり、そこに見た事

もない言葉で書かれたメッセージが現われた。

「何よこれ。…え、信じられない!」

 メッセージを見つめていたちひろはその心に突然響いて来たことばに驚いて

言った。

「ち、ちひろさん…今『今日で氷河期は終わりだ』って聞こえたけど、先

生、こんなことって〜」

「私も同じだ」

「先生も同じメッセージを!」

「ああ。で、今来ているこの文字をある仮説に基づいてモモ君自身に解析

してもらっている」

「先生、結果が出ました。これはキリストが生まれた当時の言葉です」

「で、その意味は」

「先生のおっしゃる通りです」

「ちょっと待って。先生、まさか…」

「その通りだ、栗山君。さっき我々の心に届いたものと同じだよ」

「ってことは、先生、本当に氷河期は終わるんですね」

「ああ。これまでのメッセージは、人工太陽の出力を下げること

が目的ではなく、氷河期が終わり、人工太陽が今後必要なくなる

ことを人類に知らせようとしたものだったと思うんだ。もちろん

まだ、科学的には証明されていないし、それに、氷河期が終わっ

たとしても、気温が元に回復するにはこれから後数百年はかかる

と思うけれどな。でもそう信じようじゃないか。明日はクリスマ

スだ。私はこれを私の信ずる神からの素晴らしいプレゼントだと

思っている。いずれ科学的にも証明される時が来るとも思うけ

ど」

 その直後、照明が元に戻ると同時に、例のメッセージも消失した。

「せ、先生!信号が消えました!人工太陽の出力も回復に向かっていま

す!」

 ちひろの声もはずんでいる。

「低気圧の勢力も衰え始めました!」

 直人も嬉しそうに言った。

「みんな、よく頑張った。引き続きもうしばらく観測を続けてくれ。私は

これから福島室長にみんなにこのことを伝えるよう連絡する」

「了解!あ、雪が止んだわ」

 窓の外を見ながらちひろがそうつぶやいた。

 

「あの〜ちひろさん、さっきの続きなんだけれど…」

 さっきの展望レストランに戻ってすぐ直人がちひろに話しかけた

「なあに、直人君、続きって」

「実は〜ちひろさん、もしかして、6年前のハンドルネームはチーちゃんって言

うんじゃないかって思ったんだけど…」

「どうしてそれを…ってあなたがまさかTNさん?」

 直人は黙ってうなずいた。

「あの時はごめんなさい」

「こちらこそ。ちひろさん。いやチーちゃん。でもまさかこんな所で会えるなん

て…」

「ほんとね。でも良かった。あなたが思ってたよりずっと優しい人で」

「君も僕が思ってたよりもずっと美人だよ」

ありがとう。メリークリスマス!神様がくれた素敵なプレゼントに感謝

するわ」

「メリークリスマス!僕も、このとっても素敵なプレゼントに感謝する

よ」

 そう言って直人はちひろの手をとって軽くキスをした。2人のいる展望レスト

ランの真下には光り輝く東京の夜景が広がっていた。

 

 

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