水のある風景 

「水沢リーダー、ウオーターサーベイヤー、着地に成功しました!」
 内野 政直主任研究員の興奮した声に水沢 優希プロジェクト主幹研究員は思
わず振り返った。水沢は今年から独立行政法人宇宙科学研究所で「火星の水探索
プロジェクト」のリーダーをしていた。今年は米国のマーズローバーが火星でか
つて海が存在したことを証明してから26年たっており、当時12才だった水沢
はその時の様子を観て「いつか自分も火星に行ってみたい」と思うようになった。
その当時は火星には液体の水は存在しないと思われていたが、その後の調査でご
く近い時期に水がしみ出したような跡が見つかったことなどから、現在でもどこ
かに水が存在している可能性が高まり、丁度10年前、日本政府が中心となって
「火星の水探索プロジェクト」がスタートした。そのころ地球物理学及び生命科
学の権威、米国マサチューセッツ大学のジェームス教授の元に留学していた水沢
は見事、「火星の水探索プロジェクト」の初代研究員として採用された。
「内野くん、ホント?」
 嬉しさを隠せずに水沢が尋ねる。
「エエ、たった今、サーベイヤーからの信号が届きましたから。井出さん、カメ
ラに信号を送って映像をモニターに映してくれるかな」
との32才の内野主任研究員の力強い声に、今年採用されたばかりの井出千賀子
研究員の明るい声がこだまする。
「ハイ!」
 それから約7分後、正面のスクリーンに光の速度でも約3分半かかる、約6千
万キロ離れた火星の赤茶けた大地が広がった。所内のあちこちから歓声や拍手が
沸き起こる。
「やりましたよ。リーダー!僕達のウオーターサーベイヤーが初めて火星の大地
に立ったんです!」
 内野主任研究員が誇らしげに言う。彼は東大大学院を経て5年前に入所し、こ
のプロジェクトメンバーになり、キャタビラで火星の大地を走り回って水を探索
するウオーターサーベイヤーの開発を主に担当した。昨年ジェームス教授の大学
での2年間の留学を終え、同時に主任研究員に昇格したばかりだった。
「ええ。でも…」
 水沢がそう言いかけた時、
「すみません。水沢先生、ジェームス教授から通信が入っています。今スクリー
ンに投影します」
という井出研究員の声に遮られた。彼女はこのプロジェクトが始まった時高校生
で、そこで活躍する水沢の姿を観て
「自分もそうなりたい」と思い、今年、地元の九州大学大学院を修了し、内野研
究員の昇格に伴って空いたポストの競争率40倍の選考採用試験に合格して遂に
その夢を実現させた。努力家の彼女は新人にもかかわらず飲み込みが早く、プロ
ジェクトチーム内での評価も高かった。
「水沢君、まずはウオーターサーベイヤー着地成功おめでとう」
正面の大きなスクリーンにあごひげや髪の毛に白いものが少し混ざってはいるが、
体格のがっしりした男性が映し出された。
「ありがとうございます。ジェームス教授。でも本格的な探査はこれからです
わ。私達はまだスタートラインに立ったばかりです」
 水沢は少しほほ笑みながらさっき内野主任に言いかけた言葉を教授に返した。
水沢はこの年齢でプロジェクトリーダーに抜てきされる程非常に優秀で、自分の
感情をあまり表に出さず冷静な反面、時にやや慎重になり過ぎるきらいがあった。
一方、内野主任はより積極的で、自分の感情も素直に表現し、2人が上手くバラ
ンスをとってここまで数々の課題をクリヤーしてきていた。
「確かにその通りだな。今後の探査にも期待している。君達ならきっとやってく
れるだろう。私はそう信じている」
 水沢の言葉にジェームス教授は少し表情を変え、きっぱりと応えた。
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、全力を尽くします」
「ウム。では吉報を待っている」
 そう言って映像はフッと消えた。
「さあ、いよいよ始まるぞ」
 内野主任が声を弾ませながら言う。
「内野くん、準備はいい?」
「ハイ、リーダー、先程自己診断プログラムによるチェックが完了し、全ての機
器が正常であることを確認しました。いつでもOKです」
「井出さん、ウオーターサーベイヤーの現在の位置と周囲の状態は」
「はい、水沢先生。現在の位置は当初予定より20m南の南緯0度0分0.7秒、
西経150度0分0秒のタルシス台地内のカオス谷で、火星時間(ソル)11時
現在の気温は-10度。気圧8.5ヘクトパスカル。風はほとんどありません」
サーベイヤーから次々と送られて来るデータを見ながら井出研究員が答えた。
 火星の1日は地球とほぼ同じ長さの24時間39分で、平均気温はマイナス
55度だが、大気が非常に薄い(地球の100分の1以下)ことから昼間と夜の
気温差が大きく、夏の赤道付近でも70〜80度(+5度から-70度位)、冬の極
冠では120度位(-20度から-140度)もあった。このためこれまでは通常は
液体の水は存在せず、ほぼ全て氷あるいはドライアイスと氷の混合物として存在
すると考えられていたが、現在でも時折起る火山活動により、マグマが地表付近
に上昇して地下の氷がとけ、地表付近に湧き出ることがあるのではないかと考え
られるようになり、これまでも液体の水の探査が何度か行われた。しかし、最近
水がしみ出したような跡を見つけただけで、液体の水そのものはこれまで一度も
発見されたことはなかった。
「井出さん、大気の組成を報告して」
「はい、主任。二酸化炭素95.4%、窒素2.1%、アルゴン1.6%、酸素0.18%、
水蒸気0.02%などです」
 髪をアップにした井出研究員が答える。
「ありがとう。リーダー、発進準備完了です」
「じゃ、いくわよ。内野くん、悪いけど、ここは私にやらせて」
「わかってますよ。リーダー。我らが誇るウオーターサーベイヤーが火星の大地
に『大きな一歩』を踏み出すんですから」
 内野主任はちょっといたずらっぽく笑いながら水沢に席を譲った。水沢は席に
つくと、キーボードをたたいてサーベイヤーに指令を送った。さすがに少し緊張
する。7分後、
「ウオーターサーベイヤー、発進!」
との自分の席に戻った水沢の声に合わせてサーベイヤーは時速5kmと、歩く人
とほぼ同じ早さでゆっくりと動き出した。3人とも目を輝かせてサーベイヤーか
らの映像をじっと見つめていた。ウオーターサーベイヤーはカオス谷と呼ばれる、
火星の赤道付近の長さ約200km、深さ約1km、幅300〜500mの狭い谷
の底を進んでいた。周りは切り立った崖のようになっており、所々赤茶けた岩が
崩れて少し起伏のある谷底にまで達している。この地形は「カオス地形」と呼ば
れる、マグマの上昇により地下の氷が不規則に解けて出来たものと考えられてお
り、このことがウオーターサーベイヤーの着陸地点を選定する際の大きな決め手
の一つとなった。
「井出さん、赤外線スペクトルメータの反応はどう?」
「あ、ハイ、先生、現在の所ありません」
 正面のパネルを見つめていた井出研究員は水沢の声にはっとわれに返ったよう
に自分のデスクのPCの画面を見ながら答えた。赤外線スペクトルメーターは地
上の水や氷などが出す赤外線を捕らえる器械で、半径約2 km以内のものを探知
することが出来た。
「井出さん、じゃあ、地下探索レーダーの反応は?」
「ハイ、先生、こちらは谷底ほぼ全域に氷の反応があり、地下3〜4mに特に強
い反応があります。一方マグマの上昇する気配は今の所ありません」
 地下探索レーダーは縦横約1.2 mのウオーターサーベイヤーの頭頂部につけ
られた小さなアンテナから地下に向けて赤外線などを出し、地下2kmまでの氷
やマグマなどの存在を調べることが出来た。
「ありがとう。内野くん、サーベイヤーをこのまま進めて」
「了解!」
 サーベイヤーの順調な動きに満足しながら内野主任が答える。火星時間で12
時近くなり、ほぼ垂直に差し込む太陽の光によって谷の中はかなり明るくなり、
気温もぐんぐん上昇していた。ほとんど風はなく、所々にある岩や石を人工知能
によって自動的によけながらサーベイヤーは赤茶けた砂と岩が混ざりあった地形
をゆっくり進んでいった。一見すると地球の砂漠に似ているが、草や木は一本も
なく、もちろん動物の姿もない。
「先生〜本当に液体の水なんてあるんでしょうか?もう一時間以上走っているの
にスペクトルメータが全然反応しないんですけど」
ちょっと声の調子とスピードを落として井出研究員が言う。スクリーンにはかわ
ききった谷底が映し出されており、一滴の水も見当たらなかった。
「でも…」
と言いかけた水沢の声をさえぎるように
「井出さん、まだ探査は始まったばかりだよ。地下に氷はあるんだし、きっとど
こかにあると思うよ。ねえ、リーダー、」
「その通りよ」
 そう水沢が答えた直後、井出研究員が振り返ってやや大きな声で言った。
「先生、北東約2km先の地面に水の反応があります!」
「ホント、今の気温は?」
「2.5度です!」
 更に大きな声で井出研究員が応える。
「何、ってことは液体の水の可能性があるってことじゃないか!こんなに早く見
つけられるなんて、ラッキー!サーベイヤー、目標に向かって全速前進!」
内野主任は嬉しさのあまり思わず声に力を込めて言う。水沢も口には出さないが、
期待に胸が高まってきた。サーベイヤーは反応があった地点に全速力で進み始め
た。といっても時速6kmと、人の小走り程度の速さで、20分はかかってしま
う。一同ははやる気持ちを押さえながら、スクリーンを見つめていた。ところが、
それから間もなく、井出研究員がスクリーンから目を離して言った。
「先生、ジェームス教授から緊急通信です。スクリーンに投影します」
「水沢君、大変だ。サーベイヤーから北東約50kmの地点で砂あらしが発生し
た。そちらに時速150kmで向かっている。後20分で着くぞ」
そう教授が言ったとたん、部屋の空気が一変した。緊張が走る。
「教授、今こちらからご連絡しようと思っていたのですが、約1.5 km先の地面
に水の反応を捕らえました」
「何!しかし今はサーベイヤーを守る方が先決だ。探査を中断して直ちに退避し
てくれ」
「わかりました。失礼します」
 声の調子を少し落として水沢は通信を切った。
「リーダー、後少しで液体の水が発見出来るかもしれないんですよ、時間的にギ
リギリだと思いますが、ここは行かせて下さい!」
「ええ、確かに水は発見出来るかもしれないわ。でも、その後はどうするの?砂
嵐に巻き込まれたらひとたまりもないわ。ここは教授の言う通り、ひとまず退避
するしかないと思うけど。井出さん、退避するのに適当な場所は見つかった?」
「ハイ、先生。ここから約1km先の崖の下に小さな横穴があります。そこなら
何とか間に合うかと」
「内野くん、急いでそこに退避させて」
「リーダー!わ、わかりました。目標を1km先の横穴に変更、サーベイヤー、
全速前進!」
 内野主任は観念したように言うとスクリーンをじっと見つめた。約17分後、
ようやく小さい横穴が見えてきた。奥行は3 m位しかなく、穴というよりは窪
みに近かった。内野主任はサーベイヤーをその中に滑り込ませると、アンカーを
出して岩に固定した。それをじっと見つめていた水沢の顔にも少し安堵の表情が
浮かぶ。その直後、ゴーッという音と共に、砂嵐が襲ってきた!たちまち空が真
っ暗になる。
「先生、砂嵐が通過するまでの推定時間は約80分です」
「ありがとう。井出さん。内野くん、サーベイヤーの様子はどう?」
「カメラからは何も見えませんが、今の所大丈夫です。何とかこのままもっ
てくれれば…」
少し不安そうな表情を浮かべながら内野主任が答えた。
「大丈夫よ。いつものあなたらしくないわ。あれはあなたが開発したんだから」
「リーダー…。さっきはすみません」
そう言う主任の声のトーンは明らかに変わっていた。
「いいのよ。今はこの砂嵐をやりすごすことが先決よ」
「了解!」
 主任の声の調子はすっかり元に戻っていた。
 約1時間30分後、ようやく砂嵐が去り、空が明るくなってきた。
主任はアンカーをはずすと、窪みを出て、前進を再開するように指令を送った。
果たして液体の水はあるのか〜期待と不安が交錯する。しかし、カーブを曲がっ
て目指す地点が視界に入った所でそれは絶望に変わった。
「こ、これは…」
「せ、先生…」
「し、信じられない。何もないなんて…」
「井出さん、念のため聞くけど、スペクトルメーターの反応は」
「ハ、はい。先生、表面には全くありません。地下約2mに僅かな反応がありま
すが…」
「そ、そうか〜やっぱり砂嵐で埋まったんだ」
内野主任はガックリ肩を落として言う。スクリーンには見渡す限り赤茶けた砂地
が広がっており、表面は乾ききっていて一滴の水も見出せなかった。
「後少しだったのに…あのまま行っていれば…」
「内野くん、サーベイヤーが砂嵐から守られたことだけでも良しとしなければな
らないと思うわ」
「主任、元気出して下さい。『探査はまだ始まったばかりだ。きっとどこかにあ
るにちがいない』って、主任が言ったンですよ〜。水はまた探せばいいじゃない
ですか」
「そうだったな。これは一本とられたな。ありがとう」
 内野主任は苦笑いしながら、しかし、声のトーンを少し上げて答える。
「内野くん、早速だけど、目標地点の周囲をもう少し詳しく調べてくれる?それか
ら井手さん、このことをジェームス教授に報告して」
「了解!リーダー」
「わかりました」
 内野主任の声のトーンはすっかり元に戻っていた。
 
 一週間後、カオス谷の探査は終わりに近付いていた。しかし、まだ液体の水を
見つけることは出来ていなかった。ところが、サーベイヤーが最後の調査地点であ
る谷の最深部に向かっていた時、
「先生、北西2kmの地点でマグマの上昇を捕らえました。アテナイ火山の真下
です」
との井出研究員の声があがった。
「何ですって、噴火するの?」
「先生、大変です!早ければ後30分で水蒸気爆発の恐れがあります」
井出研究員の声が思わず大きくなり、室内に緊張が走る。
「すぐに安全な場所に退避させなきゃ。内野くん、どう?」
「北西1kmの火山の中腹に、大きなほら穴を見つけました。そこが一番近いか
と」
「大丈夫?もし崩れたら、一貫の終わりよ」
「入り口に近い所なら、岩は固そうだし、大丈夫だと思いますよ、リーダー」
内野主任が落ち着いて答えた直後、井出研究員が口をはさんだ。
「ちょっと待って下さい。主任。あそこまでどうやって行くンんですか。あそこ
は崖の上ですよ。近くに登れそうな傾斜の所はなさそうだし…とても行けないと思うンですけど」
「それが、行けちゃうんだな〜このサーベイヤーなら」
 井出研究員の方を見ながら主任は茶目っ気たっぷりに言った。
「どうやってですか?」
「あれ、まだ話してなかったっけ?まあ見ていなって。こういうこともあろうか
と、この機能をつけといて良かった」
 内野主任は自信たっぷりにそう言うと、PCのキーをたたき始めた。すると間
もなく、それまで広がっていた太陽電池パネルがたたまれ、中心付近から4枚の
羽根が顔を出した。井出研究員は驚いてその様子をじっと見つめていた。
「サーベイヤー飛行開始!」
 主任の声の後、プロペラが回転し始め、サーベイヤーはゆっくりと浮上してい
った。
「と、飛べるんですか?」 「もちろん。でも飛行中は太陽電池パネルは開けないから、航続距離は2〜3
kmが限界だと思うけど」
 崖にそって上昇を続けるサーベイヤーからの映像を見ながら主任は答えた。
「そうですか…」
「では井出さん、そんなボーっと見てないで、洞穴に着いたらすぐに使えるよう、地
中探査レーダーの準備をしてくれるかな。もうすぐ崖の上に出るから、後10分位で
着くと思う」
「え、あ、すみません。ワ、わかりました。主任」
あわててスクリーンから目を離して井手研究員が言う。
「内野くん、何とか間に合いそうね」
2人の様子を見守っていた水沢が少しほっとしたように言う。
「ハイ。ここからが腕の見せ所ですから」
少し笑みを浮かべながら主任が答えた。
「ありがとう。頼りにしてるわ」
「どういたしまして。お、崖の上に出るぞ」
「スゴ〜イ!いいながめ〜」
 サーベイヤーの視界が急に開け、赤茶けた大地がはるか遠くまで見えた。遠く
の方を見ると木や大きな建物がない分、地面がなめらかに見えた。目の前の火山
がぐんぐん近付いて来る。約10分後、サーベイヤーはプロペラをたたむとポッ
カリと開いた洞穴の中に滑り込んだ。中は広く、天井は一枚岩で、噴火によって
崩れることはなさそうだった。
「先生、マグマが地下1kmの氷の層に達しました。間もなく噴火が始まりま
す!」
「リーダー、この噴火はすぐにおさまりそうです。もし予想通りおさまったら、
明日の朝、火口に行かせて下さい」
 サーベイヤーを入り口近い所に停止させながら主任は言った。
「どうして?あ、まさか…」
 そう言った水沢の顔色が微妙に変わった。
「私の予想通りなら、火口には液体の水がたまっているはずです」
「主任!ほんとですか?」
 井出研究員が思わず振り返って言う。
「ああ。噴火がおさまってしばらくすれば、噴出した水蒸気や周辺の地下にあ
る氷などが水になってたまるはずなんだ。僕達はついに見つけることが出来るン
だ。液体の水を」
「でも、危険じゃない?」
「大丈夫ですよ。リーダー。今度は。あ、もちろんその前にセンサーで周囲の安全を
確認してからですけど。私だってサーベイヤーをここで失うわけにはいきませんか
ら」 「そう…でもエネルギーは大丈夫?明日の朝までは補給が出来ないわ」
水沢はまだ少し心配そうに尋ねた。
「明日の朝まで節約しながら使えば、火口までは十分行けます。リーダー、行かせて
下さい!」
「それなら、わかったわ。行きましょう。でも火口の安全が確認されるまではダメよ」
水沢はきっぱりと言った。
「了解!」
内野主任の嬉しそうな声が響き渡った。

 その日の夜には予想通り噴火はおさまり、夜明け前に火口付近の安全も確認された。いよいよ目的
が達成されるかもしれない―その思いから3人ともその夜はほとんど眠れなかったが、疲れを感
じなかった。日の出30分前に内野主任が声を上げた。
「ウオーターサーベイヤー、火口に向けて発進!」
3人がかたずを飲んで見守る中、サーベイヤーは洞穴を出て、薄暗い中、次第に急に
なる山腹をゆっくりと登っていった。サーベイヤーは45度までの傾斜なら、キャタ
ビラだけで登ることが出来たが、この火山は幸いにも全体的に比較的なだらかで、山
頂付近でも45度以上の傾斜の部分はほとんどなかった。サーベイヤーが登るに従っ
て、3人の期待も徐々に高まっていった。30分後、地平線が明るくなり始めた頃、
サーベイヤーは火口のふちに辿り着いた。期待が更に高まる。
「先生。いよいよです。もうすぐ火口が見下ろせます。先生、スペクロトメーターの
反応が出ました。やっぱり水がたまってます!水温は20度です」
「ほら、僕の言った通りだろ…こ、これは!」
主任の目がスクリーンに釘付けになる。
「う、内野くん、こ、これが…」
水沢も言葉を失っていた。
「キ、きれい…」
そう言って井手研究員もスクリーンをじっと見つめたままだった。
 3人の目の前には朝日によって照らされた真っ青な空と、その下の深みのある神秘
的な青さの水をたたえた湖が広がっていた。火星では大気が非常に薄いため、地球と
は逆に昼間では空が赤っぽく見えるが、日の出や日の入りの頃は赤い光が吸収され、
青い光が主に通過するので空が青く見える。時折弱い風が吹くと、湖の表面に小さな
さざ波がたった。まるで地球の風景を見ているようだった。
「や、やった〜!リーダー、やりましたよ、僕達はついに、人類ではじめてこの『水のある風景』を
見たんです!!」
ようやく我に返ったように、でも満面の笑みを浮かべて主任が言う。研究所内がにわ
かに騒がしくなってきた。
「ええ、そうね。みんな、良くやったわ」
そう言う水沢の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「こんな素晴らしい風景が見れるなんて、私、とっても嬉しい!ここに採用されて本当に良かった」
「井手さん…」
水沢がそうつぶやいた直後、スクリーンにジェームス教授の顔が現れた。
「ついに液体の水を発見したそうだな。おめでとう。私が信じた通りだったよ。本当
によくやってくれた」
「ありがとうございます。教授。詳しいデータは後程お送りしたいと思います」
「ありがとう。今後の調査もよろしく頼む」
「おまかせ下さい。では失礼します」
通信が切れた後、水沢は室内を見渡して言った。
「さあ、これから忙しくなるわよ。内野くん、あの水を採取して。もしかしたら、生
命の発見につながるかもしれないわ」
「了解!」
「井手さん、地中探査レーダーとスペクトロメーターのチェックを続けて。それか
ら採取したサンプルの分析の準備もお願い」
「了解しました!」
朝日に輝く湖面が映し出されたスクリーンに井手研究員の明るい声が響き渡った。







■この作品は創作グループの企画に提出されたものです。
 よろしければ、技能向上のためのご意見をください。

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