唇を守れ   

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「主任、ちょっと来て下さい」

え?輝きの求道者は部下の山口あき子研究員の声に振り返って言った。―

 輝きの求道者は国立保健衛生研究所の化粧品部の研究室で口紅に含まれる色素

の分析をしていた。口紅を始めとして化粧品には赤やオレンジ、黄色や青など、

様々な色素が使われている。もちろん今ではその安全性が認められたものだけが

使用を許可されているのだが、2年前に規制が緩和され、化粧品を造る際に使う

成分について事前の承認がいらなくなってから、輸入品を中心にしばしば日本で

は認められていない成分やパッケージに書いていない成分を使った製品が出回るようになっていた。そこでこうしたことを防ぎ、化粧品の安全性を守るために、

各地で市販されている化粧品を各県の衛生研究所を通して集め、そこに含まれる

成分がパッケージに書いてある通りのものか、また正しい量入っているのかなど

を輝きの求道者の研究室でチェックしていた。―

 山口研究員の後を追って来てみると、高速液体クロマトグラフィーと呼ばれる

測定装置の記録計の針が小さくふれて鋭い山を描いていた。この装置は色素の分

子の大きさや水や油への溶けやすさなどの違いによって記録される時間が違うこ

とを利用して化粧品に含まれる様々な色素を一つずつ分けてその量を測ったり、

どんな成分が含まれているかを調べたりするのによく使われていた。しかし大阪

で回収されたこの口紅にはこの時間に検出されるような成分は入っていないはず

だった。

「おかしいな。今度は私がやってみよう」

 輝きの求道者は口紅に含まれる色素を抽出した溶液の入った試験管に小さな注

射器の針を入れ、赤い液をほんの少し吸い上げた。それから試料の注入口に針を

入れて注射筒を押し込み、注入口のレバーをあげた。すると記録計の針が再び動

き出し、先程と同じ場所にほぼ同じ大きさの山を描いた。

「同じですね」

「ああ。山口さん、ここに書いてある赤い色素の標準液を作ってくれるか

な。どうやらパッケージに書いてない成分らしい」

「わかりました。主任」

 それから国内で許可されている色素の標準品を注入したが、それらはあの成分

と同じ場所には検出されなかった。

「主任。国内の色素ではないようです」

「そうか。では山口さん、分取クロマトグラフィーの準備をして欲しい。

この成分の構造を決めたいんだ」

「わかりました」

 今度は分取クロマトグラフィーと呼ばれる機器に先程よりはるかに多くの試料

を注入し、あの成分だけを取り出した。これを幾つかの分析装置にかけ、それが

どんな物質であるかを調べてみた。夜になり、ようやくその結果がまとまった。

「主任、大変です!この色素は日本では許可されていません―」

「何!?」

 その色素の名前を聞いた輝きの求道者は愕然とした。それは欧米では許可され

ているものの、日本人の肌には合わず、ひどいかぶれを起こすこともあることか

30年前に使用が禁止された、Red413という色素だった。この色素が含まれ

ている口紅が店頭にならんでから、既に一週間が過ぎている。一刻も早く手を打たなくてはならない。

「山口さん、すぐにここに電話して、大至急Red413の標準品を送ってく

れるようにたのんでくれるかな。あいにくここには標準品はないんだ」

 輝きの求道者は外資系の化粧品会社の電話番号を書いたメモを渡しながら言っ

た。

「ハイ!」

 

「もしもし、化粧品局の吉田主席査察官をお願いします―」

 一方、輝きの求道者は厚生労働省本省の吉田純一主席査察官に電話をかけた。吉田査察官は輝きの求道者と大学時代の同級生で親友だった。

「あ、私だ。実は〜」

 輝きの求道者はこれまでの経緯を簡単に話し、明日にも店頭からRed413が検

出された製品と同じものを回収すると同時にこれを製造しているエトワール株式

会社の工場から製品を抜き取ってこちらに運んで欲しいと頼んだ。

「わかった。こっちも出来るだけ早く体制を整えるよ。明日朝には大阪に

飛んで、午前中には何とかなると思う。もちろんそれまでにエトワール

(株)の社長にもこのことは伝えるよ」

「ありがとう。よろしく頼む」

「ああ」

「主任!あちらのOKがとれました。標準品は明日10時に到着予定で

す」

「ありがとう。到着次第、溶液を調製してくれ。今日はもう帰っていいよ。

私はこの会社について少し調べてから帰るから」

「では失礼します。お疲れ様でした」

「さようなら」

(明日はもっと忙しくなるぞ)

 山口研究員が帰った後、輝きの求道者はエトワール株式会社のホームページを

観ながらそうこころの中でつぶやいた―。2


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