唇を守れ
（ウ～ンやはり、ここはせめて他のロットがくるまで待とう）
そう思った輝きの求道者は
「吉田審査官。もう少し待ってくれ。明日の分析の結果を待って判断した
い」
と言った。
「そうか。わかった。君がそう言うのなら。９時位にはサンプルがそっち
に着くだろう。もちろん社長の説得も続けるし、回収作業も進めるつもりだ」
「ありがとう。よろしくたのむ。じゃ～また」
「じゃ」
「山口さん。明日９時ごろサンプルが届くそうだから、すぐに分析出来るよう準備してくれ。それから、これまでの結果も報告書にまとめておいてくれ」
「わかりました」
翌日、届いたサンプルを分析したが、どのサンプルからもRed413は検出され
なかった。
（ウ~ン！なぜだ～）
輝きの求道者がそのことを吉田査察官に報告しようとした時、突然電話が鳴っ
た。急いでとると、吉田査察官の重苦しい声が聞こえてきた。それを聞いた瞬間、
恐れていた事が現実になった、そう輝きの求道者は確信した。
「非常に残念だが、ついに被害者が出た。さっき本省から連絡があって、
都内に住む30代の女性だそうだ。すぐに被害者の使っていた口紅を送るか
ら、一時間位でそっちに着くと思う。回収命令はさっき出されたそうだ。
詳しくはまた～」
「わ、わかった～」
「主、主任。どうかされましたか。顔色がよくありませんよ。ま、まさか～」
「ああ。被害者が出てしまった。あの時回収命令を出していれば～」
「でも主任。今はどうしてあのサンプルからRed413が検出されたのか、その原
因をはっきりさせることの方が大事だと思います」
「ああ。そうだな。ありがとう。君の言う通りだ。後一時間で被害者の使っていたものが届くから、早速準備しよう」
「ハイ！」
約一時間後、届けられた口紅のパッケージを見た山口研究員が驚いて言った。
「あら、この口紅、私が昨日買ったのと同じ会社のものだわ」
「本当か？それはエトワール（株）の系列会社なんだ。もう使った？」
「ええ。今朝塗りました。でも、まだ何ともないですけど～」
「でも、念のため、すぐに落とした方がいい。それも分析してみよう」
「わかりました」
早速、２つを分析してみると、被害者の口紅からはRed413が検出されたが、山口研究員の口紅からは全く検出されなかった。よく調べてみると、被害者の口
紅は山口研究員のものより一週間前に製造されたものとわかった。
「でも、なぜ、この口紅からはRed413が検出されたんだろう～」
「あ、主任、このピークは何ですか。私の口紅だけにあるんですけど～」
２つの口紅を分析した記録紙を見比べていた山口研究員が言った。
「多分防腐剤だと思うけど～。そ、そうか。もしかして～。山口さん、Red413
が検出されなかったサンプルを恒温槽に入れて５０度くらいに加熱して、２時間
おきにその中のRed413とRed414の濃度、それから防腐剤の濃度を測ってく
れ」
「はい」
Red414は日本でも使用が認められているが、Red413に近い化学構造をして
いる色素で、2つの口紅やエトワール（株）の製造工場から回収したサンプルに
も含まれていることがわかっていた。約８時間後、分析結果を見た輝きの求道者
が言った。
「やっぱり、思ったとおりだ。早速吉田査察官に連絡しよう」
加熱したサンプルは防腐剤がほとんどなくなってしまい、それと同時に
Red414の量が少なくなって、代わりにRed413のピークが現れることがわかっ
た。
「つまり、出荷前は冷暗所で保管されるから大丈夫だが、店頭に長く放置される
と、防腐剤が分解され、同時に微生物の働きでRed414がRed413に変化してし
まうんだ」
「そうか。だから製造工場にあったサンプルをいくら分析しても、Red413が検
出されなかったんだ」
「ああ。防腐剤を十分な量入れる等、適切な処置をしなかったエトワールの責任
は大きい。徹底的に調べて欲しい」
「わかった。これからは警察とも連係して調べることになると思う」
それから大掛かりな捜査が行われ、コストを抑えるために防腐剤の濃度を意図
的に減らしていたことが明らかとなり、エトワール（株）の社長は薬事法違反で
逮捕された。そしてすぐに回収命令が出されたこともあり、幸いにもそれ以上被
害者が出ることはなかった。
（もし、被害者のサンプルを分析出来なければ、原因を明らかにすることは出来
なかったかもしれない。被害者の方には申し訳ないけれど、結果的にはこれで良
かったのかもしれないな～）
そう輝きの求道者は思った―。
■この作品は簡易創作グループのホームに提出されたものです。よろしければ、技能向上のためのご意見をください。
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